泥棒日記

本、映画などなどについて語ります。

『人斬り』五社英雄監督

1969年公開のこの映画はなぜか未だにDVD化されていないのだけれど(VHSのみ)、勝新太郎石原裕次郎仲代達矢三島由紀夫という超豪華キャストが共演したすごい映画だ。

原作は司馬遼太郎『人斬り以蔵』で、幕末に暗躍した土佐の人斬り=暗殺者・岡田以蔵の物語だ。以蔵といえば、幕末四大人斬りの一人で、原作も含めて私の中では「人を斬りすぎた男の哀しい狂気」のイメージなのだが、この映画はちょっと趣が違う。アウトローの一匹狼を気取りつつもテレビ局などの大会社の顔色をうかがわなくてはならなかった五社英雄の思いを吐き出させた、泥臭さとアツさ全開の映画である。 

 そのアツさは、勝新太郎というアツい男によって爆発させられる。まず28歳で死んだ以蔵役をかなり弛緩した38歳の勝新が演じるというところからしてツッコミどころなんだけど(笑)、ともあれなにやら鬱屈した思いを抱えて金にも困っているが剣の腕には自信あり、といった様子の勝新…もとい以蔵のシーンから映画は始まる。尊王攘夷を掲げる土佐勤王党武市半平太仲代達矢)によってスカウトされ、教育のため人を斬る様を見せつけられながら以蔵は思う。「俺ならもっと上手くやれるのに…!」

 そうして京へ上り、実際に人も恐れる人斬りとなった以蔵は、思想を植え付けてくれた武市のことを素直に信奉し、武市のためなら命も惜しまず斬り続ける。後輩に「どうやったらそんなに上手く人を斬れるのですか?」と問われたとき、彼は「斬る前に”天誅!”と叫ぶ。それだけだ」と笑う。これは初めて武市に人を斬る様を見せられた時に「天誅!」と叫びながら斬っていたため、「人を斬るときには天誅と言う」と覚えただけなのだ。この辺りに彼の無知と無邪気さが表れている。

 さてそんな以蔵の幼馴染に、土佐勤王党を脱党した坂本龍馬石原裕次郎)がいる。裕次郎がまた当時35歳とはとても思えぬ貫禄な上に勝新同様顔がこってりラーメン系なので、二人が同時に写っていると胸焼けを起こしそうになる…笑。一定の年齢以上の層にとっての裕次郎は青春・反抗!という若さの象徴的イメージなのだろうから龍馬のイメージに合わなくはないのかも知れないけど、どうも既に体制側の見た目になってしまっている裕次郎があの坂本龍馬を演じる、というのはかなりの違和感があった。それからあの韓国アイドルのような流し前髪はなんなのか…笑。

 それはともかく、以蔵は龍馬と幼馴染なので、土佐勤王党から見ると裏切り者である龍馬とも付き合いは続いている。龍馬は以蔵と違って未来を見据えている男なので、武市が倒幕後にどうするのか全然考えていない、というところにも気付いていて、武市に良いように使われている以蔵のことを心配している。

 武市に心酔している以蔵は龍馬に何を言われても意に介していない(フリをしている?)のだけど、一応暗殺者にも関わらず「俺が以蔵だー!」とばかりに名乗りながら斬ってしまう以蔵のことを疎ましく思い出した武市に、重要な斬り込みのメンバーから外されてしまう。馴染みの女郎(倍賞美津子)のところでダラダラしていた時にそれを知った以蔵は、「今から行っても無駄だ」と制止されてもふんどしを巻き直し、全力疾走。この勝新ふんどし巻き直しシーンが妙に長くて、男のむさ苦しさ全開で面白い。大体この映画、倍賞美津子の美しい肉体を撮っていると見せかけて、なぜか勝新のふんどし周りや露わな乳首を写しているのである。

 その後、龍馬の頼みで政敵・勝海舟の護衛を引き受けたために襲ってきた自分の仲間を返り討ちにしてしまい、武市の逆鱗に触れる。この時のバカにしきった武市の態度に、龍馬の言う通り自分が武市に犬扱いされていると気づき、「俺の腕ならいくらでも働きどころはある!」と武市のところを去るが、結局圧倒的な権力を持つ武市に根回しされ就職口が見つからない。そのやり切れなさに倍賞美津子の腕の中で男泣きに泣く勝新の、暑苦しさと人間的な可愛らしさよ…!いや、大好きなんだけど、完全に以蔵というより勝新太郎。そして結局武市に頭を下げ、許してもらう勝新。自分の剣の腕は確かなのに、結局武市にすがって人を斬る以外に、生きていく術が無いのだ…。

 ちなみにこのシーン以降の武市=仲代達矢がまさに「黒仲代」で、いやらしくて好き。笑。

 もう一人の重要キャラクターが、以蔵と同じく幕末四大人斬りの一人・田中新兵衛三島由紀夫)だ。三島由紀夫は1964年「からっ風野郎」66年「憂国」に主演しているが、監督・脚本・主演を努めて完全自分の世界映画だった「憂国」はともかく、「からっ風野郎」での演技は酷評されている。文豪でありながらチョイ役で偉そうにすることもなく真剣に演技に取り組む姿はとても三島らしくて好感が持てるけれど、まあ役者としてははっきり言って共感性羞恥でこちらが恥ずかしくなってしまうほどに下手だった。それがあって「人斬り」でも最初は「三島さん、頑張って…!」とハラハラしながら見ていたのだけど、自然ですごく良い演技だった。長髪を束ねた髪型も意外に似合っていたし、洋装だとどうしても目立ってしまう顔の大きさや足の短さも、和装ならむしろプラスになる。

 田中新兵衛は以蔵の良き理解者でもあるのだけど、結局武市が巡らせた陰謀によって、武市の有力な擁護者だった姉小路公知仲谷昇)暗殺容疑をかけられ、何も言わずに切腹してしまう。この映画公開1年後には三島は自衛隊市ヶ谷駐屯地で本当に腹を切ってしまうので、「カットがかかってもしばらく役に入り込んでいて気づかず、竹光から手を離そうとしなかった」とかいうエピソードはとても怖くなる。が、この路線で、切腹大好き変態おじさんとして生き残る、という道もあったんじゃないか、などとちょっと考えた。

 最後、以蔵は龍馬に海外逃亡に誘われるが、結局武市に裏切られた恨みを晴らすため、自分と武市の悪行を白状し、短い生涯を終えることになる。テロリストとはいえ武市は政治犯なので切腹が許され、以蔵は実行犯として磔獄門にされる。犬は犬として惨めに死ぬだけ。その哀しさ。スッキリさせたければ史実無視して(史実なんて最初からそんなにこだわっていないのだから)龍馬と逃げて自由になるラストだっていいのに絶対そうしないところが五社英雄だな、と思う。

 斬り合いもスタイリッシュさを一切廃して、一旦振り下ろした剣を力技で押し切ったりまさに剥き出しの暴力。カッコ良いかカッコ悪いで言ったら、はっきり言ってカッコ悪い。でもそこに、抑え付けられた者の凄みがある。

  とても全力疾走できなそうな勝新の体型はどうなのか、とかツッコミどころは尽きないけれど笑、そんなところも含めて面白い映画だった。何よりも、周りのキャラと顔のインパクトが強すぎてあの仲代達矢が薄顔に見える稀有な映画として日本映画史に残るのではないだろうか。